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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2119号 判決

控訴人 東洋化工設備株式会社

右代表者代表取締役 木村幸生

右訴訟代理人弁護士 平本祐二

栃木義宏

被控訴人 日本非破壊検査株式会社

右代表者代表取締役 所沢恭

右訴訟代理人弁護士 橋本辰夫

川越憲治

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次に附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、右事実摘示末尾の二行を次のとおり補正する。≪証拠補正省略≫

一  控訴代理人は、次のように述べた。

仮に、契約解除を原因とする悪意の抗弁が認められないとしても、控訴人は次のような同時履行の抗弁権を有し、被控訴人はこれを了知していた者であるから、手形法一七条但書にいう悪意の取得者にあたる。すなわち、悪意であるためには同時履行の抗弁権の発生原因事実の了知で足り、同時履行の抗弁権行使の予知までは必要でないと解すべきであり、仕事の目的物である本件テーブルリフターには瑕疵があり、右瑕疵は請負人三誠工機株式会社(三誠工機)らによって修補されていないから、控訴人は右修補が完了するか、これに代わる損害賠償義務が履行されるまで報酬の支払を拒絶し得る者であり、日非エンジニアリング株式会社(日非エンジニアリング)は三誠工機から本件約束手形の裏書譲渡を受けた昭和四七年九月五日当時本件テーブルリフターの瑕疵を熟知していたからである。なお、悪意であるために同時履行の抗弁権行使の予知まで必要であるとしても、仕事の目的物に瑕疵がある場合、請負人がこれを修補しないときに注文主が報酬の支払を拒絶するのは当然であるから、日非エンジニアリングは本件約束手形の裏書譲渡を受けた当時同時履行の抗弁権の行使を予知していたものである。いずれにしても日非エンジニアリングと実質上同一会社である被控訴人は本件約束手形の手形法上の悪意の取得者である。

二  被控訴代理人は、控訴人の右一の主張事実を否認すると述べた。

三  ≪証拠関係省略≫

理由

一  控訴人が原判決添付手形目録記載のとおり手形要件の記載された約束手形一通を振り出し、被控訴人がその所持人であること、右手形の裏書が前叙手形目録記載のとおり被控訴人に至るまで連続していること及び被控訴人は右手形をその満期に支払場所において支払のため呈示したこと、以上の請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  控訴人は、日非エンジニアリングから被控訴会社への本件手形裏書には両社の代表取締役が同じ所沢恭であるのに取締役会の承認がないから、被控訴人に手形上の権利はないと主張する。被控訴会社代表取締役と日非エンジニアリングの代表取締役が同一人であることは当事者間に争いがない。しかし、≪証拠省略≫によれば、日非エンジニアリングが昭和四七年九月五日本件手形を被控訴人に裏書譲渡するについて、日非エンジニアリングはその前日である同年同月四日取締役会を開き三名の取締役全員が出席して、全員異議なくこれを承認していることが認められるから、商法二六五条違反の抗弁は採用の限りではない。

進んで悪意の抗弁につき判断する。控訴人から三誠工機に、同会社から日非エンジニアリングに、同会社から協進製作所に、順次テーブルリフター三台の製作が注文されたこと、本件手形がその代金の一部の支払のために控訴人から三誠工機に振り出されたことは、いずれも当事者間に争いがない。右争いのない事実に≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

控訴人は、エバブライト工業株式会社(エバブライト工業)から、前記テーブルリフター三台の製作を、代金一億三、四〇〇万円で同会社工場に製作据付を請け負った半自動式アルマイト処理設備一式の一部として、請け負ったのであるが、同会社の注文した機械は積載荷重一トンの性能を有するものであったから、控訴人は三誠工機にその性能の機械を注文し、同会社も日非エンジニアリングに同様の注文をした。もっとも控訴人としては三誠工機が請負代金三〇〇万円の見積りをしたのに対してこれを大幅に値引きさせて結局二三〇万円とした関係からか担当課長の竹林幸次郎は三誠工機に荷重三五〇キログラム程度で十分である旨の意向を示したため日非エンジニアリングはこれに従い設計をした。控訴人とエバブライト工業との約定納期は一台目については昭和四七年七月一〇日であり、残りの二台については同年同月一三日であった。ところで、協進製作所が同年七月上旬右テーブルリフター三台のうち最初の一台を完成した際、検分に赴いた控訴会社竹林課長は、協進製作所、日非エンジニアリング、三誠工機の各担当者立会のもとに機械寸法と可動性の検査をしたが、その際積載能力については、三人ないし五人(体重一人六〇キログラムとして三〇〇キログラム)が機械に乗って昇降させて検査をしたに止まり、それ以上積載荷重一トンの能力の有無について実験をしないまま検分を終って合格とし、後日完成された残り二台については殆ど検査をしなかった。右テーブルリフター三台は、前記納期に二、三日おくれてエバブライト工業の工場に搬入されたが、おそくとも搬入の翌日には控訴人は実験の結果三台とも積載荷重一トンの能力のないことを知っていた。しかし、控訴会社とエバブライト工業との請負契約の約定期限は既に過ぎ右テーブルリフター三台は半自動式アルマイト処理工程の最初と最後の段階に必要な機械であったので、控訴人は、これを回収することによりエバブライト工業に対し半自動アルマイト処理設備製作据付請負契約に基づき多額の損害金を支払わねばならなくなることを虞れ、このような破目に立ちいたらないようにあえてテーブルリフター三台を回収することを避け、エバブライト工業に対しては荷重を滅らして使用するように依頼し、同会社工場に据え付けたまま欠陥部分を逐次修補することを同会社に約束して右三台の納品をすませた。その後控訴人は修補によっては一トンの荷重能力を生ぜしめることは不可能と知りつつも三誠工機に対し修補を求め両者ともども右三台につき十数回ないし二〇回以上もの修補を施したが目的を達しなかった。そこで、控訴人は翌四八年二月から七月にかけ三誠工機とは別の製造業者にあらたにテーブルリフター二台を製作させて同年三月から七月にかけエバブライト工業に納入し、結局協進製作所の製作したものはエバブライト工業で使用頻度の少ない一台を残すのみとなっている。

≪証拠省略≫中右認定に反する部分は採用しない。そして、≪証拠省略≫によれば、本件手形が三誠工機から日非エンジニアリングに裏書譲渡されたのは昭和四七年八月三一日であることが認められ、右認定を動かすだけの証拠はない。

思うに、注文者が「仕事の目的物」の瑕疵を理由として報酬の支払を拒絶するためには請負人に対し瑕疵の修補を請求するか修補に代る損害賠償の請求をするかの選択をしなければならないと解するのが公平である。ところで、叙上の事実関係において控訴人がエバブライト工業に納品をすませた協進製作所製作にかかる前記テーブルリフター三台にいずれも資材一トンの積載に堪えない瑕疵のあることを知りながら右三台をエバブライト工業の手中に残し三誠工機に対し瑕疵の修補を請求したのは仕事の目的物の瑕疵を理由として報酬の支払を免れる意図に出たものというよりはむしろ右製品の全部または一部の回収によって惹起する虞のある半自動式アルマイト処理設備製作据付請負人としての損害賠償責任の発生と注文者による右責任の追及とを回避し、いわゆる時間を稼ごうとする意図に出たものであり、同時に三誠工機に対してはその注文時の状況から見て仕事の目的物に瑕疵があるといい得るか疑問であるのみならず、三誠工機が控訴人の申出に応じて修補に努めたからといっても、三誠工機が瑕疵の存することを認め控訴人の要求する修補を完全に達成する義務を負うに至ったとは認められず、いわんや三誠工機に瑕疵修補に代る損害賠償義務が発生したものであるとは認められない。そればかりでなく、仮に三誠工機に瑕疵修補に代る損害賠償責任が発生したとしても、控訴人は引渡を受けたリフター三台の仕事を資材一トンの荷重能力を生ぜしめることが不可能と知りつつ容認したことにより三誠工機に対する前記損害賠償請求権を暗黙の中に放棄したと認めるのが相当である。

控訴人は、その三誠工機に対してした請負契約解除が効力を生じたことを前提として約束手形が悪意で取得されたと主張する。控訴人が昭和四八年四月一九日三誠工機に対し請負契約解除の意思を表示したことは当事者間に争いがない。しかし、民法六三五条が注文者に契約解除権を認めたのは契約の目的を達することができない程度の重大な瑕疵が存する場合に本来の債務関係をも消滅させる権利をも認めたものであると解するのが相当であり、本件事実関係がそのような場合にあたらないことは明らかであり、仮にそのような瑕疵があったとしても控訴人は前叙のように仕事を容認することにより暗黙のうちに瑕疵に基づく契約解除権をも放棄したものと認めるのが相当であるから、控訴人によってなされた解除の意思表示の効力発生を前提とする右の主張はその前提において理由がないといわなければならない。

そこで、控訴人が三誠工機に対し同時履行の抗弁権を有することを前提とする手形悪意取得の抗弁につき按ずるのに、控訴人が同時履行の前提として主張しているのは控訴人が仕事の目的物の瑕疵修補請求権または瑕疵修補に代る損害賠償請求権を有することであり、その瑕疵として主張しているのは控訴人の注文が積載荷重一トンのテーブルリフターの製作であるのに製作されたテーブルリフターの荷重が一トンなかったというのであるが、前叙事実関係のもとにおいて、控訴人は三誠工機に対し注文リフター三台につき瑕疵修補請求権そのものを有しないことは前叙のとおりである。さすれば、控訴人が三誠工機に対し同時履行の抗弁権を有することを前提とする右の主張は、これまた採用の限りではない。

三  請求原因事実によれば、控訴人に対し手形金一七〇万円とこれに対する満期以降の手形法所定の利息の支払を求める本件請求は正当であり、これを認容した原判決は相当であって、これに対する本件控訴は、理由がないから民訴法三八四条に従いこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき同法八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 園部秀信 太田豊)

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